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大阪高等裁判所 昭和49年(く)31号 決定 1974年6月19日

主文

原決定を取り消す。

理由

本件抗告申立の理由は、申立人である弁護人山崎昌穂作成の抗告申立書に記載のとおりであつて、要するに、原裁判所は在宅のまま起訴された被告人に対する業務上過失致死傷被告事件について審理の結果、昭和四九年六月一一日に被告人に対し禁錮一〇月の実刑の判決を宣告したのち、直ちに逃亡のおそれがあることを理由として、新たに勾留状を発し、被告人は同日大阪拘置所に勾留せられた。しかしながら(一)原裁判所は判決言渡後は刑事訴訟法九七条一項所定以外の処分はなし得ないのであつて、原裁判所が被告人に対し有罪の判決宣告をしたからといつて、判決後に刑事訴訟法六〇条によつて新たに勾留状を発したことは、何らの法的根拠に基づかない違法なものであり、ひいては憲法三一条に違反するものであり、(二)かりに、刑事訴訟法六〇条によつて新たに勾留状を発することができるとしても、被告人は在宅のまま起訴され、原裁判所の三回にわたる公判にも出頭し、しかも被告人には東大阪市の住居地に妻と二人の子供があり、さらに大阪市内に兄もおつて身元が確実であり、実刑判決を受けたからといつて逃亡のおそれはなく、したがつて逃亡のおそれがあることを勾留の理由とする原決定は違法であるから、原決定の取消を求めるため本申立に及んだというのである。

よつて、関係記録を検討するに、被告人が昭和四九年三月三〇日業務上過失致死傷の事実により原裁判所に起訴され、同年五月一日及び同月二九日の各公判期日に出頭し審理を受けて結審となり、同年六月一一日午前一〇時の判決言渡期日に指定の時刻におくれて午前一一時頃に出頭し禁錮一〇月の判決言渡を受けたのち、原裁判所が被告人において出頭遅延の理由を明らかにしなかつたので、逃亡しまたは逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるものと認めて被告人を大阪拘置所に勾留する旨の勾留決定をし、同日被告人は勾留状の執行を受けて大阪拘置所に勾留されたことは明らかである。

そこで、まず前記(一)の所論について案ずるに、原裁判所が被告人を実刑に処したのち上訴提起後であつても訴訟記録がまだ上訴裁判所に到達しない間は、被告人を勾留することができることは、最高裁判所第三小法廷昭和四一年一〇月一九日の決定(刑集二〇巻八号八六四頁)の判例とするところであつて、当裁判所もこれと同一見解を有するものであるが、右の見解は判決宣告後まだ上訴提起のない間においても同様であることは右判例の趣旨からして当然のことといわなければならない。したがつて、判決宣告後は当該判決を宣告した裁判所において刑事訴訟法六〇条の規定を適用して新たに勾留状を発することができないとの見解を前提とする右(一)の所論は理由がない。

ついで、前記(二)の所論について案ずるに、被告人は在宅のまま起訴され、原裁判所の第一回、第二回各公判に出頭して審理を受け、第三回公判の判決言渡期日には指定時刻に約一時間遅れたとはいえ出頭して判決の言渡を受けており、被告人には前科としては信号無視の道路交通法違反による罰金の前科が一回あるだけで他に前科はなく、東大阪市の住居地に妻及び二人の幼児と居住して兄の営む大阪市東住吉区内所在の鉄工所に勤務していて身元が確実であることなどを考慮すると、既に原裁判所で禁錮刑の実刑判決を受け、かつまた被告人の起した事故によつて死亡した被害者の遺族から損害賠償請求訴訟を提起され一千万円を支払う旨の請求認諾調書が作成され、被告人にはこれを支払う資力がないため将来これによる執行が予想されないではない事情にあること、並びに原裁判所の意見書に記載の如く判決言渡の時刻に約一時間遅れた理由を被告人が明らかにしなかつたとの事情を参酌検討しても、被告人に刑事訴訟法六〇条一項三号にいう逃亡しまたは逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるものとは認めがたい。したがつて、逃亡のおそれがあることを理由とする原決定は不当であるから、これが取消を免れない。前記(二)の所論は理由がある。

よつて、本件抗告は理由があるものと認め、刑事訴訟法四二六条二項により、主文のとおり決定する。

(瓦谷末雄 尾鼻輝次 小河巌)

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